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Remembering Catalys Pacific Industry Advisor Tadataka ‘Tachi’ Yamada, MD (1945-2021) 8月9日2021年

親愛なるインダストリー・アドバイザーである山田忠孝氏(“タチ”)の突然の訃報に驚くと共に痛惜の念に堪えません。タチはキャタリスパシフィックに不可欠な存在であり、これまでの旅路を私たちと共に歩み、様々な局面を共に乗り越えてきました。

タチは、先見の明があり、医者であり、指導者であり、起業家であり、学者であり、教師でもありました。アカデミア、産業界、グローバルヘルス、またはベンチャーキャピタルといった業界を問わず、確固たる意思、情熱、倫理観を持ち、これまでに様々なアイデアを具現化してきました。それと同時に、彼は家族を人生の中心に据えており、献身的な夫であり、愛情深い父親であり、また楽しい祖父でもありました。

タチは、学生、医師、学者、経営者、起業家、そしてリーダーとして、日本と米国の間を行き来して人生を過ごしました。第二次世界大戦が終結した1945年に日本で生まれ、米国の高校(フィリップス・アカデミー)に通うために渡米。その後、スタンフォード大学で歴史を学び、そしてニューヨーク大学の医学部に通い、臨床医学に没頭しました。学生時代は、学期の間によく日本に戻り、家族や友人に会っていたとのこと。医学部を卒業した後、タチは臨床医兼研究医としてアカデミアに留まり、ミシガン大学にて13年間を過ごし医学部長に選任されました。

その後タチは、サイエンスと医薬品開発の促進を通じて患者さんの生活の質向上に貢献すべく、アカデミアを去りGSKへ参画。会社の研究開発組織とカルチャーの変革を実現しました。その後、ネルソン・マンデラがHIV / AIDSの抗レトロウイルス療法に対する自国の権利を求めて戦った際、世界の人々の間での健康の不平等を目の当たりにしたタチは、グローバルヘルスにおけるイノベーションの必要性と、貧困に苦しむ何十億もの人々を救うことができる可能性に気づきました。彼はGSKを去り、ビル&メリンダ・ゲイツ財団に参画。グローバルヘルスのプレジデントとして、世界をリードするグローバルヘルスプレーヤーの1つに組織を成長させました。 2013年、彼は財団を去り、CSMOとして武田薬品に入社。再び研究開発組織の変革に貢献し、パイプラインの活性化に加え、ワクチン事業をゼロから創出しました。武田薬品を離れた後、彼はFrazier Healthcare Partnersのベンチャーパートナー及びキャタリスパシフィックのアドバイザーとして、数十年にわたるリーダーシップ、戦略、洞察を基に、ベンチャー企業の創出に積極的に関与しました。彼が共同創出した企業には、日本発の化合物を導入し、欧米で臨床開発を推進するPhathom Pharmaceuticalsが含まれます。

タチの好きなアフリカの諺に、「速く行きたいのなら、一人で行きなさい。遠くまで行きたいのなら、一緒に行きましょう。」というものがあります。大きな課題に取り組むには、常に良きパートナーと共に歩め、ということを思い出させてくれます。

タチの人々への思いやりの深さと、患者さんへの傑出した付加価値創造は、今後も私たちの記憶に残ることでしょう。また、タチの存在は、世界の患者さんのためにサイエンスをイノベーションへ発展させるという私たちのビジョンの中で生き続けることでしょう。